「新しく人を採用しても、長続きせず辞めてしまう」
「人材育成をする中堅が育たない」
「採用コストばかりが年々増していく」
「何か対策を取りたいが、どうすればいいか分からない」
・・・そう頭を抱えている人事担当者は多いのではないでしょうか。
 
人材定着の重要性は、今日のビジネス環境においてますます高まっています。
それは、企業が長期的に成功を収めるためには、能力の高い人材を確保すること、そして何よりも「その人材を維持すること」が不可欠だからです。
 
経済的な観点から見てみると、社員の交代には高いコストが伴います。
社員の募集にかかる広告費だけでなく、選考、研修にも多大な時間と資源が費やされ、その交代コストはその人の年間給与の1.5倍から2倍にも上ると言われています。
 
しかしこれらは、既存の社員を維持することによって大幅に削減できるのです。
加えて、人材が定着することで、社内の知識と経験が蓄積され、これが組織全体の生産性向上に繋がります。
例えば、ある製造業の企業では、社員の定着率を改善するために導入した施策が功を奏し、その結果、製品の品質向上と生産効率の向上に成功しました。このような改善は、最終的に顧客満足度の向上という形で企業の利益増加に直結しています。
 
このことからも、人材定着は企業にとって単なるコスト削減ではなく、長期的な競争力を保つための「戦略的な投資」であるといえます。社員が企業に長く留まることで、企業文化が育まれ、組織内でのイノベーションが促進されるなど、計り知れない多くの利点が生まれるのです。
 
ここからは、人材定着の重要性と基本の考え方、課題へのアプローチ等、例を交えてみていきます。

人材の定着と活躍のポイントは?

人材定着率の現状と重要性

企業にとって、優秀な社員が定着することは、金銭的なコスト削減だけではない、多くのメリットがあります。
 
例えば、日本の新入社員の初年度の離職率は驚くべきことに約3割にも上ります。これは企業にとって莫大な損失であり、知識の流出を意味しています。
 
反対に、社員が長く勤められる企業では、社内のノウハウが蓄積されていきます。そのノウハウは、新人の指導や業務の効率化に役立ち、社内での教育プログラムを充実させ、より高い生産性を実現する基盤となります。
 
また、人材流動の少ない組織は、社員間の信頼関係が強く、チームワークが発揮されやすいことが知られています。コミュニケーションがスムーズに行われるため、プロジェクトの成功率が高まり、イノベーションが促進されるのです。
 
このことは結果として、従業員の「幸福度」「満足度」に繋がります。
「幸福度」が高い企業は、外部からの評価も高く、優秀な人材を引き寄せる力があります。
「満足度」が高い企業は、採用コストが低く、採用の難易度も低いというデータがあります。
 
これらの「幸福度」「満足度」は、採用活動における競争力となり、さらに企業の長期的な成長に貢献します。
定着した社員は企業文化を形成し、企業のブランド価値を高めるアイデアを生み出すことも珍しくありません。社員一人ひとりが自分の職場に誇りを持ち、その情熱を仕事に注ぐことで、企業は持続可能な成長を遂げることができるのです。
 
これらの点を踏まえた戦略的な人材管理が、人材定着のメリットを最大限に享受するための要です。

人材の定着に影響を与える要因とは

人材定着に影響を与える要因は多岐にわたりますが、その中でも特に重要なのが「職場環境と個人のキャリア目標との整合性」です。社員が自身の価値観やキャリアの目標を「組織の中で実現できるかどうか」が、企業への長期的な定着には不可欠なのです。
 
社員が転職を考える最大の理由は「キャリアアップを図りたい」、「給与・待遇の改善を求めて」という点です(「労働力調査」総務省統計局)。
これは、個人の成長と企業が提供する機会がマッチしていないこと、社員が給与・待遇が仕事に見合っていないと感じていることを示しています。また、「人事制度が公平でない」と感じると、社員のモチベーション低下を招き、結果として定着率の低下につながることが指摘されています。
 
一方で、企業文化が社員の価値観と合致していると感じる場合、定着率は高くなります。「グレートプレイストゥワーク®研究所」で行われた従業員調査では、従業員の約80%が自社の企業文化に満足しており、これが高い定着率に寄与していると報告されています。
 
また、あるIT企業では従業員が自身のキャリアプランを立てやすいように、目標設定のサポートや能力開発プログラムを提供しています。これにより、従業員は自分自身の成長を実感しやすく、企業に対するロイヤルティが高まり、定着率が向上しています。
 
組織風土とのマッチングを重視し、社員一人ひとりが自身の価値観やキャリア目標を実現できる環境を提供することが、人材定着の鍵なのです。人事担当者はこれらの事例を参考に、社員が自社でのキャリアを充実させられるような施策を検討する必要があります。

人材定着率向上のための施策

2章でみたように、社員の定着を促すためには戦略的な施策が必要です。ここでは、実際に多くの企業で効果が見られている3つのアプローチを紹介してきます。

1on1ミーティングの実施

直接的なコミュニケーションを促進する1on1ミーティングは、社員と管理職の信頼関係を構築し、個々の社員の声を聞く機会を提供します。これにより、社員の懸念やキャリアの希望を早期に把握し、必要なサポートを提供することができます。定期的なフィードバックを受ける社員は、そうでない社員に比べて定着率が高いことが分かっています。
このような場がない場合、社員は管理職に自分の希望を伝える場が限られ、社員によって伝えられる・伝えられないの差が生じます。また、管理職にとっても、社員のコンディションを把握ができるこの場は、人材を繋ぎとめるための重要な場でもあるのです。

リスキリング支援

技術の進化によって必要とされるスキルセットが変わる中、社員のスキルアップを支援することは非常に重要になってきています。リスキリングプログラムを提供することで、社員が現代の労働市場で競争力を保ちながら、会社に貢献し続けることが可能となります。学習機会を提供する企業は社員の定着率が高い傾向にあることが分かっています。
会社に何かあったとき、会社は自分の人生に責任を持ってくれない。そう考え、自分の市場価値を高めておきたいという人が多い今、この支援があることが求職者の企業選びのポイントの一つにもなっています。

定期的なパルスサーベイの実施

社員の満足度やエンゲージメントを測るパルスサーベイは、組織内の問題を早期に発見し対処する手段として有効です。実際、定期的に社員の意見を収集し改善につなげることで、社員の満足度が向上し、それが定着率の向上に直結することが多数報告されています。
 
これらの施策は、社員が自分自身の成長と企業の成長を両立させることを可能にし、それにより定着率の向上に繋がるものです。人事担当者は、これらの施策を通じて社員のニーズに応えることで、人材定着の課題に効果的に対応することが可能になります。

人事担当者が直面する具体的な課題と解決策

人事担当者は、採用から定着まで多くの課題に直面します。ここでは、現場の要望に応えることと、適切な採用戦略を見つけることに焦点を当てた、課題と解決策を探ります。
 
課題1:現場の要望に応えられない
結論から言うと、現場の要望に応えるためには、「コミュニケーションの質を高めること」が不可欠です。具体的な解決策としては、部署間の定期的なミーティングを設定し、前線の声を聞く機会を増やすことが挙げられます。
また、リアルタイムフィードバックシステムの導入によって、現場の問題を迅速に解決し、社員の満足度を向上させることも有効です。
 
課題2:自社にマッチする採用方法がわからない
この課題に対処するためには、まず会社のブランドアイデンティティを明確にし、それを採用プロセスに組み込むことが重要です。具体的には、企業文化に合う人材を見つけるためのスキルセットだけでなく、価値観やビジョンを共有する人材を採用するためのインタビュープロセスの改善が求められます。採用において企業文化との適合性を重視することが、長期的な定着率向上に繋がるのです。
 
このように、人事担当者が直面する課題は多岐にわたりますが、適切なコミュニケーションと企業文化への理解を深めることで、これらの課題に効果的に対応することが可能です。

離職防止とメンタルヘルス支援

企業において、社員のメンタルヘルスをサポートし、離職を防ぐことは極めて重要です。ここでは、離職傾向にある社員のサインと、離職防止策が不足している場合のデメリットをみていきます。

離職傾向にある社員のサイン

離職傾向にある社員の主なサインには、以下のようなものがあります:
✓業務に対する熱意の欠如
✓以前に比べて能力を発揮しない
✓進行中のプロジェクトに対する関心の低下
このようなサインがみられる場合は、社員が職場の環境に不満を持っているか、適切なサポートを感じていないことを示している可能性があります。
 
解決策としては、定期的な1on1のミーティングを通じて社員の懸念を聞き出し、必要に応じて業務の調整やサポート体制の強化を図ることが有効です。

離職防止ができないと生じるデメリット

離職防止策が不足している場合、企業は以下のようなデメリットに直面する可能性があります。
✓採用コストの増加:新たな人材を探し、採用し、研修するためのコストが増大。
✓知識と経験の喪失:長年蓄積された知識と経験が流出。業務の質が低下する恐れ。
✓チームの士気の低下:残留する従業員の士気に悪影響を及ぼす恐れ。
 
これらのデメリットを回避するためには、社員のメンタルヘルス支援と職場の満足度を向上させる施策を積極的に実施することが重要です。例えば、メンタルヘルスの専門家によるカウンセリングサービスの提供や、ワークライフバランスを重視した勤務体制の導入などが考えられます。

定着率向上による+αのメリット

人材の定着率を高めることは、直接的なコスト削減や効率化だけにとどまらない、+αのメリットを企業にもたらします。
 
✓組織のイノベーション能力の向上
社員が長期にわたって企業に留まることで、豊富な経験と深い知識が蓄積されます。このような環境では、新しいアイデアや改善提案が生まれやすくなり、組織全体のイノベーション能力の向上に繋がります。
✓社内コミュニケーションの向上
定着率が高い組織では、社員間の信頼関係が強化され、コミュニケーションが活発になります。これにより、業務の効率化だけでなく、チームワークの向上にも繋がります。
✓採用ブランドの強化
高い定着率は、企業が社員にとって魅力的な職場であることを外部に示す指標となります。これは、優秀な人材の採用活動において強力なブランドメッセージとなり、競争が激しい人材市場において有利に働きます。
✓社員満足度の向上
社員が安心して長期的なキャリアを築ける環境は、社員満足度の向上に直結します。満足度が高い社員は、高いモチベーションを持って働き、その結果、顧客満足度の向上にも貢献します。
✓経営の安定化
社員の高い定着率は、経営の安定化にも寄与します。人材の流出が少ないことで、業務の継続性が保たれ、計画的な事業運営が可能となります。
 
人材の定着率を高めることは、コスト削減や効率化だけでなく、組織のイノベーション能力の向上、社内コミュニケーションの活性化、採用ブランドの強化、社員満足度の向上、そして経営の安定化といった多方面にわたるメリットをもたらすのです。

終わりに

ここまで、人材定着の基本の考え方から課題に対するアプローチ、そのメリットまで見てきましたが、人材定着がいかに重要か、お分かりいただけたかと思います。
 
人事担当者は、自社の課題をいち早く把握し、人材が定着し企業と共に成長し続けられる、そんな企業文化を根付かせる必要があります。
 
一時的な間に合わせの採用ではなく、企業の将来を見据えた人材戦略を、まずは「人材定着から」
この記事を読んでくださった採用担当者様にとって、人事戦略のヒントになればと思います。