本記事は、【仕組みで変える!】人事制度の作り方入門―現状分析編―の続編となっております。
続けて読むとわかりやすいと思うので、是非前記事をご一読ください。

前回までは、Tsumuguにおける【人事制度構築のPDSサイクル】における、①現状分析②問題の検討・分析まで見てきました。
今回は「③指針を固める」に特化したものになります。

人事制度は、検討・改定をするうえで、誰に向けて、何を変えたいのか?を考えることが大事です。万人受けする制度だと、結局何かを変えたようで、何も変わっていないという結果になります。

また何も変わっていないだけならまだしも、アウトを考えている人材に給与が高く払われている状態になったり、逆にいてほしいコア人材に報いた制度ではないものになっており、優秀な人材の離脱を招く結果につながることもしばしばです。

そうならないためにも、現状整理や問題を分析したうえで立ち返ることができる、そんな施策改定の指針を定めておくことが大事になります。

コア人材サークルの策定

コア人材サークルでは、土台となる「基本姿勢」「経験」「技術&知識」を考えていくことから始めていくのが大切です。
それぞれ見ていきましょう。

基本姿勢

まず、職務遂行における根本的な心構えについての指針を定めます。
これは「職業的情熱度」と「業務遂行時の態度」とも表現できます。

たとえ技術的な能力や専門知識が一定の水準を満たしていたとしても、仕事に対する消極性や、指示を待つ受動的な姿勢では組織の目標達成において障害となります。
同様に、協働を無視して自己の判断のみで行動するというような独断的な行動も、チームワークや共同での成果を阻害することになりかねません。

それぞれの戦略的アプローチや文脈において、期待される基本姿勢は異なります。たとえば、創造性を求める環境では自発的かつ積極的な参加を、組織的な安定を目指す場合には協調性と適応性を重んじるべき・・・といったような形です。
したがって、具体的な業務内容や組織の目指す方向性を考慮に入れ、望ましい基本姿勢=スタンスを明確に定義し、それに沿った行動を促進することが重要です。

豆知識

ハーバード・ビジネス・スクールの講師であるクラウディオ・フェルナンデス=アラオスが論文「人材は潜在能力で見極める」にて紹介した調査で、高い潜在能力を持つ人材の最も重要な特徴は“好奇心”だと判明したそうです。確かに、好奇心があるという基本姿勢は、ビジネスでも役立ちそうですよね!

またスタンスと近い意味合いで『カルチャーフィット』という言葉をご存知でしょうか?
カルチャーフィットとは、自社の社風や価値観と、従業員の性格や価値観が適している状態を意味しています。
企業にはそれぞれ独自の風土や文化が存在するため、適する人材でないと居心地の悪さや働き辛さを感じて、早期離職に至る恐れがあります。

ここでは離職の話をしたいわけではないですが、まさに、戦略があり、戦略に適した価値観や風土、求めている姿勢があり、そことフィット率が高い人材こそ、コア人材となりえるのです。最近では『カルチャーフィット』という言葉で、求めたい基本姿勢について話されていることもよく目にするので、説明させていただきました。

技術&知識

戦略を現実のものとするためには、それに適した技術と知識を持つ人材が不可欠です。

例えば、これから新しい市場に挑戦し、新規事業を手がけるという大胆な戦略をお持ちでしたら、市場のニーズを敏感に察知し、ターゲットに刺さる販促活動を企画できるマーケティングのスキルや新規開拓力の高い営業力が必要です。
また、既に確立された事業領域で、部門横断のチームワークが求められる場合には、関係者を鼓舞し、一丸となって動けるようなリーダーシップが求められます。

戦略を成功に導くためには、このように戦略ごとに「必要な技術や知識」があるわけですから、それをしっかりと見極め、育てていくことが大切なのです。

例えば他にも、

・長期的な視野を持ち、将来の市場や業界の動向を予測し、それに基づいたビジョンを構築できる
「未来志向の戦略立案力」
・従来の枠にとらわれず、新しいアイデアや解決策を生み出すための発想をする
「創造性とイノベーティブな思考力」
・問題の表面だけでなく、深層にある根本原因を多角的な視点から分析し、理解する「多面的分析力」
・チームを導き、メンバーのポテンシャルを引き出し、目標達成に導く
「リーダーシップとチームビルディング力」
・大量のデータを分析し、それを基にした明確な意思決定を行う「データドリブンな意志決定力」

などがあるのではないでしょうか?

豆知識

このような、知識(Knowledge)、技術(Skill)、能力(Ability)の頭文字をとって、アメリカの人事用語で『KSA』というものがあります。アメリカで言われている言葉や手法が数年の時間をかけて日本でトレンドになるというのはよくあることですので、覚えておきましょう。

経験

では、戦略に大きく貢献してくれるようなコア人材には、どんな経験を積んでいてほしいでしょうか。

例えば、よくある「この業界で5年以上働いていること」といった条件を提示するのではなく、「社内で初めてのプロジェクトを手掛け、成功に導いた経験がある」や「困難な状況の中で、新しいアプローチを見出し、チームを牽引してきた経験」など、少し抽象的な経験且つ、戦略に沿ったテーマ感を書き出すのが良いと思います。

さらに、「異文化のチームで働き、多様な価値観を学び取り入れたことがある」とか、「市場の変化に応じて自己のスキルセットをアップデートし、高い壁を乗り越えた経験」なども、貴社の戦略を実現するために必要な経験に当てはまるのではないでしょうか?

求める人材像

会議中の人々

最後に、「基本姿勢」「技術&知識」「経験」から、どのような人材になるか?を要約しましょう。

例えば、

・未来を見通す洞察力と長期的なビジョンを持ち、情熱と精緻な判断力で周囲を動かし、継続的に価値を創造する人材
・国際的な視野を広げ、戦略的かつシステマティックに課題を解決し、多様な視点から革新的な解決策を導くことで企業の成長を加速する人材
・先端技術を駆使し、広範なネットワークと協力を組み立て、社会に新たなスタンダードを創出する人材

などが挙げられるのではないでしょうか?

ここで大事なのは、最初から、文章を整えようとせず、仮置きする感じで作成すること。
その際に、今まで書いてきた「基本姿勢」「技術&知識」「経験」と照らし合わせ、過不足があれば、足したり減らしたりしていくのです。広告のクリエイターのようにかっこいい言葉を作るのが目的ではないので、意味がわかればよいのです。

ましてや大学受験のように絶対に間違ってはいけないものでもありません。そのため、一度仮置き程度の気持ちで作ってみる、この考え方が大事なのです。

改定のコンセプトを決める

変更する人事制度が、要はどのような制度なのか?について、方向性を考え、言語にします。

このフェーズをサボってしまうと、「新規開拓が大事な時期だから、営業部を昇給させよう!」など、HOWの打ち手をポンポン出す議論になりがちです。もちろん、一度昇給させてしまうと、なかなか降給というものは出来ないわけですから、人事制度としては最悪なものになってしまうのです。

そのため、この人事制度の改定となる、“判断軸”を決め、明確化し、議論の方向が逸れないようにしていくことが大事です。

本章では、その判断軸を決めるための、2つの観点を紹介します。

序列の付け方

序列の付け方には大きく二つのアプローチがあります。

一つ目は「職能等級」に基づく能力基準です。
このアプローチでは、個々の従業員の技能や知識、経験といった保有能力を評価の軸とします。
例えば、技術職であればその技術力、営業職であれば市場分析能力や顧客管理能力が評価されるという形です。

ちなみに、「職能等級」は日本で最も普及している等級制度で、職務遂行能力が上がれば給与は上がりますが、役職は連動しないのが特徴です。

全社共通の能力を用いた評価基準であるため、公平性の担保や柔軟な人事異動が可能といったメリットがある一方で、等級の定義が抽象的になってしまうと昇格の判断も曖昧となり(年齢が高いから能力があるというバイアスでの判断)、結果、年功序列で等級が上がっているという結果を招きがちです。

二つ目は「役割・職務等級」に基づく仕事基準です。
ここでは、職務の内容やそれに伴う責任の大小を序列化の基準とします。

役割・職務等級表

役割等級は、特定の職務において求められるリーダーシップや意思決定の能力を重視し、組織の階層を明確にすることで、適切な人材が適切な位置に配置されることを保証されるものです。

職務・役割の内容や難易度は、ジョブディスクリプション(職務内容記述書)において明確に定義され、ジョブディスクリプションに記載された職務が遂行されるかぎり、どの人材にも、賃金は等しく支給されます。

要は、人にフォーカスするのか、仕事(職務)にフォーカスするかの違いです。

新しい人事制度を人にフォーカス(といえば聞こえは良いものの、ゼネラリスト育成や年功序列を招きやすい制度)するのか、それとも仕事(職務・役割)にフォーカスし、戦略に応じた序列の定義や、経営戦略をより推進する仕事をしてくれた人材を評価する仕組みを作りたいのか?を決めていくという形です。

評価のメリハリ

評価制度における「メリハリ」の付け方は、組織の文化と直接的に関わります。

「アグレッシブ」な評価コンセプトでは、相対評価や定量評価を強化します。
この方式は、競争を促進し、高いパフォーマンスを持続的に引き出すために有効だと私は考えています。

相対評価では、従業員を互いに比較し、上位者には高い報酬や昇進の機会を提供する一方で、下位者は再教育や配置換えの対象となり得ます。
ジャック・ウェルチのGEでの実践がその典型例です。

豆知識

ジャック・ウェルチは従業員を成果に応じて、上位20%、中位70%、下位10%に分類する『選別』を行っており、歯に衣着せぬ彼の表現では、「下位10%は社内に居場所がない」だったそうです。 さすがにそこまでのアグレッシブな発言は控えたほうが良いかもしれませんが、そういった評価コンセプトを採用するのも1つの手段だと思います。

一方で「マイルド」な評価コンセプトでは、絶対評価やプロセス評価が中心となります。
このアプローチでは、個々の従業員が持つ能力や努力を公平に評価し、全員が安定して成長できる環境を提供するというものです。

絶対評価では、定められた基準に対する個々の貢献度を評価し、プロセス評価では、結果だけでなくその過程をも評価対象とします。
これにより、創造的で協力的な職場文化を育成することができるのではないでしょうか。

さいごに

ピーター・ドラッカーは人事判断を扱った古典的なHarvard Business Reviewの論文に

「エグゼクティブは、人材マネジメントと人事関連の意思決定に最も多くの時間を費やしており、それがあるべき姿である。これほど影響が長引く判断、あるいは元の状態に戻すのが難しい判断は他にない

と記したそうです。

上記の言葉はエグゼクティブが主語になっていますが、エグゼクティブにかかわらず、人事関連の意思決定には時間を費やすことは非常に大事なことだと私は考えています。
もしかしたら「人事制度を変えるのにそこまで時間をかける?」と思われる方もいらっしゃったかもしれませんが、それくらい大事なことなのです。

本記事を読んで一人でも多くの方に、人事制度改定のヒントを与えられたら幸いです。

お読み頂きありがとうございました。

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