マネジメントは、格段に難しくなっている

昨今、マネジャーが直面している“マネジメントの困難さ”に関するコラムや記事を目にしない日はないのではないでしょうか?そうしたマネジャーが置かれた状況を指して、「受難の時代」(リクルートマネジメントソリューションズ、 2017:パーソル総合研究所、 2020)、「罰ゲーム化」(パーソル総合研究所、2023)、「部長・課長の残酷」(ダイヤモンド、 2023)などとシビアな表現がなされていることも多々目にします。

しかし、過去を遡ると1980-1990年代にかけては特に顕著に、日本企業における昇進とマネジャー職への志向が強調された時期もありました。

企業内部昇進の慣行によって、社員間の競争意識がどんどん芽生えていき、日本繁栄に繋がったと表現されています。終身雇用・年功序列制度などの日本型経営の環境下で、組織構成員の間の競争意識が高度の意欲と激しい労働をもたらし、それが高度経済成長のような日本発展に導いたきっかけとなったと捉えられているのです。

つまり今までは、マネジャーというポジションは、競争心の高い部下を導き、国際競争に勝ってきた、日本という国を押し上げてきた、まさに“勝者”“称えられるべき存在”だったわけですが、今では冒頭のような表現(罰ゲーム)などと言われてしまっているわけです。

これはなぜでしょうか?

本記事では、マネジメントが難しくなってしまっている背景をわかりやすく紐解き、現代のマネジャーに求められていること、マネジャーへのスキルセット手法を紹介して行きたいと思います。

マネジメントの過去と現在

前述したマネジメント環境の「罰ゲーム化」。一昔前と現代ではマネジメント環境にどう変化があったのでしょうか? 過去と現在の環境比較から、難易度の高い現代マネジメントの理解を深め、ご覧いただいている皆様の組織課題解決や、組織テーマ実現への糸口となれば幸いです。

過去のマネジメント環境

マネジメントの難化を引き起こしている、現代マネジメントとの大きな違いとは何でしょうか?大きな理由の一つは、これまでは「“昇進”という単線的なキャリア選択肢しかなかった」ということです。

上司・マネージャーとは、『その会社において』『上司・マネージャーになっている人』です。

「何を当たり前のことを・・・」と思われるかもしれませんが、その事実が非常に大切なのです。

つまり単線的なキャリアのみの場合、『その会社において必要な能力を見つけ』『上司・マネージャーを目指す』道しかなかったのです。

日本型経営がまかり通っていた時代、1社で勤め上げ、自身と同じ道を歩みたいと考えている部下を育成、指導する。それは自分がやってきたことを追体験させるに近いのです。自身の中にある実体験をもとに指導や教育を行うため、シンプルで教えやすい環境だったのです。

そして、企業内部昇進制(同一企業で勤め上げて昇進していくこと)が経営の“勝ちパターン”として横行することは、下記のような考えや志向を日本社会・当時の働き手に生み出しました。

(1)従業員の転職不利マインド

将来的な自身の地位を獲得するための主な手段が”社内昇進”であったため、『転職は悪!』とまでは言いませんが、転職は従業員自らの立場を弱くすることになる、今まで積んできた『年功の果実』を放棄することに繋がる、と考えられていました。大企業であればあるほどこの考えは顕著に表れていたはずです。

こういったマインドによって、アメリカの『開放的・横断的』な労働市場に対して、日本では『閉鎖的・縦断的』な労働市場が形成されていました。

(2)従業員への”条件付き期待感”の醸成

条件付き期待感とは『強い意欲を持って、高い業績を上げれば、きっと報われる!』といった従業員が持つ期待感のことです。

国文学者の西田耕二氏は仕事への動機づけとなる機体のメカニズムの中で『日本的経営は“条件付き期待感”の醸成を非常にうまく行っている』と評しました。(『なにが仕事意欲をきめるか(白桃書房)』より引用) 単線的キャリア化していた日本企業において、『長く勤めて頑張れば企業内で報われる!』という期待感醸成によって、従業員への意欲を絶え間なく引き出していました。

(3)会社内での高い競争意識

社内に留まり条件さえ満たせば、昇進・昇給させてもらえると言う”条件付き期待感”が、高い競争意識を生み出すとこにも繋がりました。

従業員が達成した短期的な業績に即座には応えない内部昇進制は、従業員に期待感を与え続けると同時に、『今回の成績は負けたけど、次は負けない!』といった長期的な社員間競争促進の仕掛けが内包されていました。

いかがでしょうか?

この上記3点から見ても、どのようなマネジメントが人を動かせるか?は想像に容易いと思います。 「私のようになれ!」という昇進や昇格というゴールに向けて、外発的に動機づけを行っていき、部下のやる気を醸成していく。過去のマネジメント環境ではそんな事が可能とされていたと考えられます。

現代のマネジメント環境1(部下のキャリアパスの多様化)

さて、ここからが本題です。

現代のマネジメントは何が難しいのでしょうか?

一番の理由は、キャリアパスが単線的なものから複線的になったことだと考えています。 つまり、昇進がゴールではなくなっているということです。

事実、リクルートマネジメントソリューションズが行った調査(『新入社員意識調査2022』)では興味深いデータが有ります。

出所:リクルートマネジメントソリューションズ「新入社員意識調査2022」より、Tsumuguにて作成。

管理職に「なりたい」とはっきり答えた方は全体の22%。つまり2割程度の方しか、管理職になりたいとは考えていないという状況になっています。

こう考えると、「この会社で昇進したいなら、○○しろ!」という指示だけで部下を動かすのは、イメージしづらいのではないでしょうか?

部下のキャリアパスが多様化している背景について、詳しく書き出すともう1本記事が出来上がってしまうので(笑)今回は控えますが、以下のような社会気運が主要因だと考えています。

(1)人生100年時代

寿命が伸びる=働く年齢も伸びる、ということから、3ステージモデル=「教育」→「仕事」→「引退」という状態から、プチ起業・大学への通い直し・自分探し・ボランティアなどのマルチステージモデルへ、人生の多様化が起きています。

(2)終身雇用の終焉

世界のトヨタの会長豊田章男氏の「終身雇用を守っていくというのは難しい局面に入ってきた」という発言や、第5代経団連会長・中西宏明氏による「経済界は終身雇用なんてもう守れないと思っているんです」という発言を代表として、企業が「終身雇用」という慣行を維持していくのが難しいと判断されてきています。

(3)AIやテクノロジーの急激な発展

「AIの進化は人間の仕事を奪うか?」という問いに対して、76.9%の回答者が『人間の仕事を奪うと「思う」』と考えています(株式会社ライボ様調査)。このようにChatGPTを始めとする昨今のAI、テクノロジーの急激な発展により、特に若い世代ほど、仕事が奪われる危機感を感じる割合が大きかったというデータが出ています。

(4)将来の不透明さ

「老後2000万円問題」「年金の払い損問題」など、それこそ日本型経営の真っ只中で一生懸命働いていた世代に降りかかる課題、問題により、頑張りが報われる社会でもなくなってきた、と捉えている方が多くなっています。 「この先自分の人生はどうなるのだろうか?」そう捉えて、キャリアに迷いが出ている人も多くなるのは必然です。

ここまでお読みいただき「確かにキャリアパスが多様化するのは当たり前かも?」と思っていただいた方、とても素晴らしい感性をお持ちだと思います。部下の価値観は、時代によって作られます。そのため、現代は、若者の価値観が多様化し、それにより、キャリアパスも複線化され、結果、マネジメントをする側が非常に難しいことを求められていると言えるのです。

現代のマネジメント環境2(経営層と部下からの板挟み)

キャリアパスが多様化により「この会社にこのままいて良いのかな?」という発想が生まれやすくなった部下。マネージャーとして事業的視点を持って部下を動かさなければならない一方、部下をとどめて置かなければならない、という人事的視点を持ち合わせることもマネージャーに求められるようになっています。

経営層や人事から求められる「マネージャーのリスキリング」「多様性」「エンゲージメントの向上」。

一方で会社から求められる、ミッションにおける成果創出。そしてパワハラやモラハラなどの糾弾可能性がメディアで騒がれている昨今、マネージャーは『何でも屋さん』になることを求められていると言えます。

現代の優秀なマネージャーを育てていくには?

さて、現代の優秀なマネージャーを育てていくにはどうしたら良いのでしょうか?そもそも優秀の定義とは何か?どのような育成方法があるのか?ここからはそれらをご紹介していきます。

 厚生労働省が実施した「令和3年賃金構造基本統計調査の概況」によると、管理職の平均年齢は男性が48.7歳、女性が49歳と言われています。この年齢は法律(「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」)上“中高年”という区分になります。

私は今まで多くの企業様とお会いさせてていただき、ヒアリングをさせていただく中で、この世代に新たな学びやリスキリングを促すのは非常に難しい、という声が多く頂いています。

一方、先に説明したように管理職の平均年齢が50代手前である以上、この『学ばないマネジャー(リーダー)をいかに育てるか』が日本企業全体の課題とも言えるのです。

優秀なマネジャーとは

我々が定義する、優秀なマネージャーとは「個の自律的成長を促し、個人と組織の双方を進化させ、企業のミッションやビジョンの実現に巻き込める人」と考えています。リクルートワークス研究所が2023年に発表した論文「人的資本経営の潮流と論点2023 マネジャーのリスキリング」によれば、優秀なマネジャーの具体的な方法論として『ジョブ・アサインメントモデル』を挙げています。

(リクルート社、『ジョブ・アサインメントモデル』より、Tsumuguにて作成)

各項目のご説明を簡単にさせていただくと、

(1)目的発信

マネージャーは現場と経営をつなぐ存在です。そのため、ただ言われた業務をこなすというよりは、経営として実現したいことを実現させるために、組織目的の正しい解釈と、その発信を行う必要があります。自組織、部下に対して、マネージャー自身が何をしたいのか?、それらを自分の言葉で語れることが大事です。

(2)強み発見

マネージャーは業務遂行能力の高い人が任されるため、部下の問題箇所に気づく能力も長けています(自分が当然のように遂行できることが出来ていないと目立ちますからね)。

そのため「なぜできてない?」「○○が甘い」といった、ついつい「弱み」を指摘するコミュニケーションになりがちです。資質や才能・性格に至るまで、メンバーや部下の強みを発見する努力をさせていきましょう。

※ちなみにこういった場合、『強みの共通言語』を社内で持っておくことも大事です。厚生労働省が出しているエンプロイアビリティチェックシート等を使用するなどの手段でも良いですし、我々Tsumuguでも、能力を言語化した“Tsumuguスキルシート”を独自に作成しておりますので、興味がある方は、お気軽にお問い合わせいただければと思います。

(3)職務分担

メンバーや部下が活躍できる(強みを発揮できる)仕事を創ることも大事なマネージャーの役割です。『新たな部課を立ち上げましょう!』といった類のものではありません。例えば営業組織の場合、新規の獲得比率が落ちている中で、今までとは違ったやり方を少人数でまずは試してみたい!という考えがあった際に、そうしたミッションやプロジェクトをメンバーや部下に付与していくイメージです。

(4)達成支援

すべてマネージャーが仕事を手伝ったり、逆に挑戦的な目標を設定してるにも関わらず、支援を全くしなかったり・・・というのは、優れたマネージャーの行うことではありません。メンバーや部下のコンディションや仕事の進捗状況を踏まえて、段階的に支援を行っていき、その結果、個人の成長を促すのがポイントです。

(5)振り返り

日々の仕事から学ぶ支援をすることです。例えば、出来たことに対して「なぜできたのか?」と問いかけてあげる、似たような事例に出くわした際の再現性を高めてあげること。逆に、出来なかったことに対して「なぜ出来なかったのか?」「何が阻害して実行できなかったのか?」と問うてあげること。

これにより、メンバーや部下が壁にぶつかった際、自力で乗り越えていく力が身につきます。 こういったスキルをマネージャーに身に着けさせることで、離脱人材が減り活躍人材が増える、そんなマネジメントに繋がっていくはずです。

どうやって育成していけば良いのか?

日本の社会人の仕事外における平均勉強時間はご存知でしょうか?平均6分と言われています。

またこれは、あくまで平均なわけですから、10時間の人もいれば、0分の人もいるわけです。パーソル総合研究所『学び合う組織に関する定量調査』においては、男性は40代、女性は30代から、学習意欲も学習時間も大きく減少している、というデータがあります。

このことから、おそらく管理職やマネージャー、リーダーポジションの方の自発的な学び直しの期待値は薄いでしょう。

 そこでTsumuguでは「コミュニティ・ラーニング→集団で学んでいく」というやり方を推奨しています。もちろん研修の実施やリスキリングの時間を設けることは、必ずしも短期の事業成長や業績につながるものではないと思います。

しかしながら、そうした人材開発投資の過少=訓練の欠落が『学び合わない組織』を作ってしまうのです。逆を言えば、学び合う組織の基点になるのは、上司からの影響が大きいと言われており、上司が学べば、部下の学習意欲や学習伝播も広がっていくのです。

ここで注意したいのが、点での研修は意味をなさないということです。マネージャー研修の典型的パターンは、2〜3日間ほどの期間で、新任管理職が集められ、上の階級(部長や役員など)から講話があり、事業の方向性→管理職の心構えの説明後、評価者研修が行われ、最後にコンプライアンスやハラスメント研修が行われるといった流れです。

私も以前企業に属していたときに同様の研修を受けましたが、正直あまり覚えていないのが実情です(笑)。研修は、点ではなく“線”で、つまり、振り返りのタイミングやその後のワークまでデザインされたものが有効的です。ぜひそうした研修機会を通じて、自社のマネージャー1名1名の成長を促していきましょう。

最後に

いかがでしたでしょうか?

冒頭で触れた通り、現代のマネージャーという役割に求められているレベルは格段に上がっています。

それは時代背景や若者の価値観の多様化など様々ですが、順応できない企業は、どんどん若手が離職していき、競争力が失われていくというバッドスパイラルに入ってしまいます。

前回の記事(「中長期で採用コストを押さえる方法」)で「採用に本気で向き合う大事さ」を最後に説明しておりますが、こうしたマネージャーのアップデートも、つまるところ、採用力を高める1つの材料になっていきます。例えばマネージャーのレベルが上がると、部下のイキイキ度合いが上がる。

そうすると部下の勤続年数も徐々に上がっていく。勤続年数があがると、求職者に対してのアピールポイントに繋がっていく・・・といった具合です。

ぜひとも、現代の時代背景を理解し、管理職やマネージャーへの人的投資を積極的に検討してみてくださいね。