人事とはどんな仕事でしょうか?

「皆がイキイキと働ける職場にしていく仕事」

「優秀な人財を採用し、その人財の質を高めていく仕事」

「会社に適正な労働環境や制度を整える仕事」

このように考えている方が多いかと思います。

私たちTsumuguでは、人事というのは、「経営戦略を実現するために、人材の質と量を最適化する機能」と捉えており、これこそが、人事が果たすべき仕事の本質だと考えています。 本記事では、その人事の重要な仕事の一つである、人事制度の作り方に関しての考え方や現状分析の仕方をお伝えしていきます。

人事制度がなぜいま大事なのか?

経営環境の複雑さ

企業を取り巻く経営環境は、年々複雑化してきています。

会社を経営する、事業を成長させる、利益を生み出す・・・そして人材に金銭を分配する。 これらの難易度が年々上がっていることが主な理由だと捉えています。

それではなぜ、これらの難易度が年々上がってきているのでしょうか?それは、①国内市場の停滞②ビジネス環境の変化などが主な要因だと考えています。

高度経済成長期のように、国内市場が伸長していた時代であれば、企業は生み出した利益で金銭的報酬を従業員に渡す。その報酬により従業員は更に会社への帰属意識を高め、パフォーマンスを上げていく・・・という好循環が生まれていました。

しかしバブルが崩壊してからというもの、企業は倒産リスクなどを恐れ、内部留保を高めていく守りの経営に終始しました。人材に対して金銭的報酬を通じた動機づけが非常に難しくなっているのが現状です。

加えて、AIやIoTなどのテクノロジーの発達によるビジネス環境の急激な変化や、中途採用市場の定着・拡大、派遣労働の拡大・一般化、働き方改革など雇用慣習を大幅に変える出来事が数多く起こっています。

そうした時代の中で、優秀な人材の獲得やリテンション施策においても、戦略的な発想や視点がなければ競争に勝てなくなってきています。 つまり、人材に定着・活躍してもらう、それにより、事業成長に貢献してもらうためには、金銭的な報酬をどんどん渡すことは出来ないので、《人事戦略を変える》必要があります。その施策の1つとして、人事制度もアップデートすべきなのです。

人材という経営資源の価値が高まっている

『組織が戦略に従うのか、戦略が組織に従うのか』―。

アルフレッド・チャンドラーや、イゴール・アンゾフの主張に正解不正解はないと思っています。しかし、数多くの企業様と対峙させていただいた中で、“戦略が組織能力により制限を受けている“場面を見るほうが圧倒的に多いと感じています。このような場合は、正しか否かではなく、 “戦略は組織に従うので、組織自体の組織能力を引き上げていけば、より高度な戦略を描ける” という観点で考えて良いと考えています。

つまり、人が労働生産性を高めていけば、組織が活性化する。組織が活性化すれば、実現できる戦略も増えていく。より高度な戦略を立てられると、会社自体の売上の引き上げにも繋がっていくというシナリオを描けるのです。

加えて、現代の情報流通速度やAIの進化は、商品やサービスのコモディティ化(優位性をなくし、一般レベルまで落としてしまうこと)を非常に起こしやすいと言えます。相当な資本がないと、商品やサービスによる、企業の持続的な競争優位性を担保することは非常に難しく、「このサービスすごい画期的だ!」と思っていたのも束の間、競合サービスがどんどん生まれていき、最後には価格競争に陥る・・・ここに至るスピードが非常に早くなっているのです。

それだけに、経営資源におけるヒトという価値が高まっているのです。ヒトは他社が真似できない(模倣困難性が高い)、やっかいさを帯びながらも、最も重要なリソースです。 だからこそ、人材をより強固にしていく人事という役割は、企業の長期的な成長のための中核的な、非常に重要な役割になってきていると言えますよね。

人事制度を組む前に

そもそも人事制度の位置づけとはなんでしょうか?

冒頭でも記載しましたが、人事戦略のうちの“人事制度”を構築することとは、「経営戦略を実現するために、人材の質と量を最適化する機能」です。 ちなみに弊社Tsumuguでは下記のような人事制度構築のPDSサイクルを作成しております。

上記のような流れを踏まえたうえでこの後の記事をご覧いただければと思います。 (なお、本記事では、「現状分析・改定方向性の検討」までを取り扱っていきます。)

現状整理―企業理念を改めて把握する―

自社の理念を社員一人ひとりが意識し、日々の仕事に反映できていると言える企業はどれくらいあるでしょうか?これまで数多くの人事担当者様とお話してきましたが、「社員に主体性がなく、もっと自発的に動ける人材が増えてほしい」という声をよく耳にしました。

実は、このような悩みの原因には、「【理念】と【評価】の一貫性がない」ことが挙げられます。

例えばですが、「お客様は神様」という理念を掲げていたとしましょう(少し昭和臭いですが・・・笑)。しかし評価制度の中には、お客様先で仕事をする営業人員に対して、その行動や仕事ぶりを評価する項目は1つもない。

産業・組織心理学ではブルームの「期待理論」というものがあります。「何かの行動に対して魅力ある報酬(報われる成果)が得られると分かっていれば、モチベーションが上がって頑張れる」という考え方のことを指しますが、上記のような例では、もちろん頑張りに対しての報酬が得られるわけではないのですから、社員が自発的な「お客様は神様」という行動を取るということは、考えづらいですよね。

そのため、

・理念に基づき期待を設定(目標に組み込む)

・理念に基づきフィードバックをする

・理念に基づき人事考課をする

これが大事なわけです。 今一度、経営理念(ビジョンやミッション、ヴァリューを含めて)と、それが設定された背景などに立ち返り、自社が顧客や社員含めたステークホルダーに対して「何を大事にしているのか?」ということを、人事制度再構築しているチームで再検討してみましょう。

現状整理―経営戦略を捉え、反映させる―

皆さんは、【戦略人事】という言葉を聞いたことはありますでしょうか?戦略人事とは、経営戦略の実現を目指して、経営資源の中の一つである「ヒト」という「人的資源」を最大限活用し、経営戦略と連動した人事戦略を実施することを指しています。

簡単に言うと、従来の人事との違いは下記です。

分類従来人事戦略人事
対象人事全般の業務(労務管理・採用等)
やオペレーション
人的経営資源(の管理)
目標組織の生産性向上企業理念や経営計画の実現・達成
視点人事経営

まさに、この経営戦略を捉えるというのは、戦略人事に近い仕事の役割と考えていただければと思います。 この戦略人事という概念が最近ものすごく目にするようになったのは、まさに『人材版伊藤レポート』が提示する「経営戦略と人事戦略を連動させる」ということが提唱されたことによるものだと考えています。

人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素(出典:経済産業省「人材版伊藤レポート2.0」2022年5月)

人材版伊藤レポート2.0では経営先戦略と人材戦略の連動を実現させるために、下記のような取り組みが推奨されています。

CHROの設置

CHRO(Chief Human Resource Officer; 最高人事責任者)とは経営陣の一員として人材戦略の策定と実行を担う責任者であり、社員・投資家を含むステークホルダーとの対話を主導する人材を指します。

「経営戦略と人材戦略を一貫させよう!」と言っても、誰が主導するのか?決めないとなかなか推進が進みません。そのため、経営的知見があったり、物事を前に進める主体性を持っていたり、変革を進めるリーダシップ力がある方に対して、しっかりとミッションや役割を付与することが大事です。

もちろん、こうした役割を担える人員が会社に何人もいるという企業様は少ないでしょう。そのため、経営人材にジョブローテーションなどを通じた業務経験を積ませて、常に計画的な候補者育成(サクセッションプラン)を組んでおくことが大事になります。

大前研一氏は『ビジネスジャーナルNo.16 人材戦略「軽く・薄く・少なく」〜20世紀の人材観が会社を滅ぼす〜』の中で、こうした候補者育成のための“人事ファイル”を作成することが重要と述べています。

多くの日本企業では、誰がどの部署に配属され、異動したか?という履歴は残されているものの、その人物がどんな仕事をして、どんなスキルをもっているのか?という「ディスクリプティブ(記述的・説明的)」な情報が書かれていないことを問題としています。 CHROの創出の前に、まずは自社人材の中でどんな経験やスキルを持っている人員がいるのか?そこを把握することから始めてみましょう。」

※サクセッションプランを詳しく知りたい方は…
【どこまで考えている?話題のサクセッションプランとは を御覧ください。

全社的経営課題の抽出

CEOやCHROは経営戦略の実現の障害となる人材面の課題を整理し、優先課題や対応方針を策定、改善の進捗状況も共有していくことが大事です。

ただし、経営計画に対しての課題をどんどん明確にしていくと言っても、簡単なことではありません。そのため、こういった場合、同じような成長ステージの会社がどのような人的課題にぶつかるのか?新しい商品で新しい市場に飛び込むときに、どんな人的課題が生じそうか?他社や過去のデータから捉えていくことが有効です。

例えば企業の成長サイクルは、

幼年期 – 起業・創業 –

成長期 – 新規事業展開 –

成熟期 – 承継・M&A –

衰退期 – 事業徹底・改革 –

などに分けられたりしますが(ベンチャー企業の場合は、創業から安定までの成長過程が「シード」「アーリー」「ミドル」「レーター」の4つの段階に分類されます、少しややしこしいですよね。)、こういった段階ごとの人的な課題というのは実は似通ったりしています。

例えば、成熟期(安定期)。

事業の状況は「黒字経営はできているものの、成長の踊り場に差し掛かっている時期。既存顧客の満足度向上と安定成長のため商品・サービスの複線化を測る時期(会社によっては全国展開やIPOを検討し始める等)。」だったとします。

こういったフェーズだと内部の組織においては、以下のような問題が表れます。

・組織全体の統一感が消え、社員の当事者意識が薄れ始める。

・各事業や部署ごとに独自の文化が作られ、多様な価値観は生まれつつも、事業や部署ごとの集団意識が醸成され始める。

こうなってくると、人事として描く戦略や動きは下記のようになります。

・MVV(ビジョン、ミッション、ヴァリュー)などの再浸透。

・自部署最適からの脱却。

・評価基準の再構築。

皆さんの中で、まさに成熟期と言われるような企業様に属し、上記のような人的課題感を抱えている人事担当者様は多いのではないでしょうか?

組織の悩みは傾向や似ているところもあったりするので、自社の経営課題の設定の参考にしてくださいね。

KPIの設定、背景・理由の説明

私としてはKPIを設定する意味は大きく2つあると考えています。

1つ目は、「定性で成果を測らずに、定量でしっかり測れ」という理由です。人材や組織の変化感というのはどうしても抽象的になりがちですが、組織は生き物なので、今日言っていた不満が急に明日なくなっていることもありえます。それだけに、すべて定性で捉えていても、変化感(=理想の状態に近づいていること)が社内の共通見解として得づらいのです。

2つ目は、組織の変化というのはいきなり成就するわけではないので、途中経過がうまくいっているかどうか?の御旗を立てることが大事である、ということです。組織の変革は一朝一夕でなされるものではないです。長くて10年、短くても3〜5年は捉えておいたほうが良いでしょう(変化の兆しを感じる事自体は早いタイミングであり得るかもしれませんが、浸透や継続まで含めると、とても長い時間がかかります)。

ただそれは当然で、組織を構成するのはあくまで“人”。人と人は喧嘩したりすると、なかなか素直に仲直りできませんよね?それと一緒です。組織と人の関係性が良くないから、「これ変えよう!」と言ってもなかなかすぐに変わるわけではありません。

部や集団といった組織の中に、個人、そして個人と個人の関係性がある。前提の価値観や背後にある考え方、暗黙の了解や無意識の行動など・・・変化を阻む、見えない“何か”が多く存在するはずです。そうした中で生じる黙示的な規範も変化を阻む厄介さの1つです。

話が少し逸れてしまいましたが、こうしたことから、KPIをしっかりと決めておくことが非常に大事になります。その際、「他社が女性管理職比率を高めると言っているから弊社でも・・・」というように、他社動向やトレンドに囚われないようにだけ注意しましょう。

ちなみに本章では記載しませんでしたが、業界内・ライバル企業の人事に関する動向(採用・育成・処遇など)は検討の材料に入れておいたほうが良いと思います。

そういったことまで踏まえると非常に必要な知識の幅が広くなり、制度設計の難易度が上がりますが、アダムスらの公平理論にあるように、ヒトは他者と比較して自身の報酬の公平や不公平を判断するので、「自社内の制度設計が世の中水準と比較してどうなのか?」という視点は持っておいたほうが良いと思います。

人材マネジメントポリシーの策定

あるべき人材マネジメントに向けた課題設定

そもそも人材マネジメントとは、採用・配置・育成・評価・報酬・退職といった一連のプロセスをどのように回していくのかというサイクルの総称です。

(株式会社フィールドマネージメント・ヒューマンリソース 小林傑 山田博之 野崎洸太郎「図解でわかる!戦略的人事制度のつくりかた」 , ディスカヴァー・トゥエンティワン を基にTsumuguにて加工)

サイクル全てをいきなり変えるというより、各項目の「理想」「現状」を書き出すことが、まず重要です。

求める人材像は?そういった人材を輩出するための文化は?入口はどういった人材を採用すべき?社内での異動や配置は?など考えていきましょう。

次に、各項目の理想と問題が出揃ったら、「何から優先的に解消すべきなのか?」ということの整理をしていきましょう。緊急度や重要度に照らし合わせて決めていきます。リソースが十分にあるということは、ほとんどないケースなので、何に注力し、単年度で考えると何を捨てるのか?などの戦略的判断が大事です。

その際、エンゲージメントサーベイなどを用い、数値的に状況を可視化することも大事です。現場の悩みと人事の悩みの想定は必ずしも一致するわけではありません。であれば、現場に聞いてしまえば良いのです。無記名でないと本音をつかめず、一方で、記載されている内容の詳細が分かりづらいなどの問題はありますが、大枠で「こういった負がある」というリアリティを感じるだけでも、ぐっと課題の絞り込みがしやすくなるはずです。

改定方向性の設定

結局何のために、何をどのように変えたいのか?を一言でまとめるイメージです。これから先、誰もが納得するような人事判断をすることは難しいと思います。時として、Aという部署にとっては良い判断になり、Bという部署にとっては悪い判断になる、そういったこともあります。

しかし、採用のターゲット選定と同じで、全員に刺さる内容を考えていると、応募はなかなか集まらないものです。誰に報いたいのか?何を変えたいのか?を一言で示し、経営陣と共通認識を作っておきましょう。

例えば「●年後の西日本へのマーケット拡大を目指し、動かす人材を獲得・育成していく必要がある。そのために、各々の活躍・成長を促進するような人事制度へ刷新する」などです。

こういった言葉があると、経営陣で人事制度刷新の方向性や合意を得る段階に入った際に、方針が決まっているので、決議も取りやすそうですよね。 ここまで決まってからいよいよ、人事戦略の中の1つである、評価制度の構築フェーズに入っていきます。

さいごに

いかがでしたでしょうか?今回は人事制度の構築の初期段階についてご紹介しました。人事戦略というのは大きく分けるとソフトとハードに大別できます。有名な7sでいうと、ハードの3s(戦略・組織・システム)、ソフトの4s(スキル・人材・価値観・スタイル)というものがありますが、両方にしっかりアプローチしていくことが大事です。

ただし、いきなり人材のスキルや価値観を変えていくのは非常に難しく、まずは仕組み、つまりハード面から変えていくことが推奨されています。

今回の人事制度の変更はまさに、ハードの3sを変える取り組みです。

しかし、ハード面ばかりやっていると、一時的には改善されたように見えますが、他の要素との関連付けがなされていないため、長続きはせず、思うような成果が上がらないこともしばしばです。そのため7つの要素を包括的に捉えて、改善をしていく必要があります。

人事制度を変えるのは、その走り出しのようなものです。しかしこれを変えていかなければ変革はスタートしない、とても大事な取り組みともいえます。

Tsumuguでは戦略的な人事制度の変更支援なども行っています。ご興味あるようでしたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。