人的資本経営
【どこまで考えている?】話題のサクセッションプランとは
皆さんは「サクセッション(Sucession)」という言葉を聞いたことはありますでしょうか?
デジタル大辞典(小学館)によれば、
- 連続。継続。
- 継承。継承者。
- ある生物群集に別の生物群集が侵入して、生物群集が入れ替わりながら、ほぼ安定な状態(極相)へ変化していくこと。
という意味だそうです。そして、人事・人材戦略におけるサクセッションとは、「2.継承。継承者。」の意味で捉えて頂けたらと思います。
そのため、タイトルのサクセッションプラン(計画)とは「後継者(継承者)育成計画」のことです。組織上重要なポジションの後継者の見極め、配置・育成することを指します。
そしてそうした計画を立てることが、「サクセッションプランニング」です。 今回は、上記のサクセッションプラン・プランニングの重要性とその背景、実際の計画の立て方、実行している企業の実例紹介をしていきたいと思います。
Contents
サクセッションプランの重要性
改めてサクセッションプランとは
上記の写真のようなイメージですが、
例えば、「中長期での経営戦略や事業戦略に合わせて、5年後にマネジャーに引き上げられそうな人を●名、役員候補を●名など考え、育成計画を練りましょう!」という計画を指します。
もともとはCEOなどエグゼクティブ層の後継者の選定や育成を指す言葉で使われていましたが、最近ではエグゼクティブ層のポジションだけにとどまらず、管理職や上級専門職など、その会社にとって必要不可欠なポジションの後任となるリーダーの育成・確保にまで対象者が広がってきています。
なぜ注目されているのか?
理由の1つに、国からの要請が強くなってきていることが挙げられます。サクセッションプランは、コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)において上場企業に対して強く要請されている項目になっており、その必要性はどんどん高まっているのが現状です。
また、そこにはこのように明記されています。
“4-1③ 取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)や具体的な経営戦略を踏まえ、最高経営責任者等の後継者の計画(プランニング)について適切に監督を行うべきである。”
※「コーポレートガバナンス・コード」とは、日本企業のガバナンスの底上げを目的に、金融庁と東京証券取引所が共同で策定した文書のこと。
▼参考「株式会社東京証券取引所 コーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~ p17」
https://www.jpx.co.jp/news/1020/nlsgeu000000xbfx-att/code.pdf
そして、Tsumuguでは更に大きく2つの理由から、サクセッションプランの注目度が高まっていると考えています。
1つ目は、「人口動態の変化」です。
少子高齢化、昨今の出生率の低下により、若手社員が今後も減っていくことは理解されているかと思いますが、実際にそうした状態が続くと、「必要な管理職やエグゼクティブ数に対して、候補者の絶対数は減ってしまう」ということが起きます。
そうなると、母集団形成ではなく歩留まり率を意識する、といった現代採用活動の在り方と同じで、たくさんの候補者から管理職や後継者を選ぶのではなく、「少ない候補者から選び、その移行率を引き上げにいくこと」が重要になっていくわけです。
そして移行率を引き上げるためには、やはり早期の候補者の育成や、サクセッションを考える枠の人材要件などを考えていく必要があるというわけです(=サクセッションプランニングを組む重要性)。
実際に、2023年の帝国データバンクによる調査では倒産理由の中で「後継者難」(現経営者の高齢化&後継者の不在)の倒産件数は2023年1-11月で『509件』に上っており、年々後継者を生み出すことの難易度が上がっていることを示しています。
2つ目は、「事業環境の変化スピードが早くなっていること」です。
こちらは少し難しい視点にはなりますが、例えば、現在の部長の人材要件と、5年後の部長の人材要件は果たして同じなのでしょうか?
サクセッションプランニングは、シンプルな人数の話だけではなく、中長期の戦略や、人材要件なども考えて、思考する必要があるのです。
例えば今、ロボットやAIなどが続々と出てきており、こういった新興サービスは市場が賑わえば賑わうほど、流れとして価格競争に転嫁していきます(コモディティ化による低価格競争)。
そうなると、例えばAIがより高精度且つ安価で利用できるわけですから、従業員の働き方なども変化していきますし、上に立つ人の要件も変わってくることが考えられます。
さて、そうなった際に、部署を取りまとめる部長に求められる人材要件はどういったものになるでしょうか?おそらく、現在のママという訳にはいかなくなるはずです。
そうなると、たとえ人数的な面で後継者の心配がいらなかったとしても、5年後に必要となる部長適性を持つ者が、質の部分で“いない”ということも起こりうるわけです。
日本の取組状況
では、現在の日本において「サクセッションプランをちゃんと組んでいます!」という企業はどれくらいいるのでしょうか?『日本企業のコーポレートガバナンスに関する実態調査(令和2年度,経済産業省とPwCあらた監査法人)』によれば、
「後継者候補の選出」を「実施している」と回答した企業はわずか『33%』でした。またもっと手前の段階、「後継者計画のロードマップの立案」に関しての「実施している」の回答割合は『23%』となっており、多くの企業では後継者育成に関する計画や取り組みが行われていないと言えると思います。
筆者自身、多くの企業の人事部の方や代表の方と接点をとらせていただきましたが、管理職やエグゼクティブ層に関わらず、後継者に関する計画を立てていた企業様はごく少数だったように思えます。
もちろん、短期の採用や、業績・成果の構築に対して向き合うことはもちろんなのですが、上記説明した通り、今後は、中長期の視点とセットで考えていかなければ、企業の持続的成長を維持していくことは難しくなっていくでしょう。加えて、他社がやっていないからこそ、いち早く動くことが、企業の競争優位性を生み出すことにつながるとも言えますよね!
サクセッションプランはどう組むのか?
では、具体的にどうやってサクセッションプランを組めばよいのか?をこの章では見ていきましょう。
工程は以下のとおりです。
1.中長期経営戦略やビジョンを、改めて明確化にする
2.中長期観点で必要な組織体制の検討とポジションの設定
3.ポジションに対しての人材要件を熟慮する
4.候補者ごとに育成計画を立て実行する
それぞれを詳しく見ていきます。
中長期経営戦略やビジョンを、改めて明確にする
「手段が目的化する」という言葉はよくビジネスの中で使われますが、まさに、「人を育てる」という手段が目的化してしまっては意味がありません。人を雇うのも、人を育てるのも、ビジョンを体現するためです。ビジョンとは「実現したい未来」。言うなれば、企業のみんなが共通で認識する「行き先」です。まずそこを明確にしてからスタートです。
前章の「1-2. 事業環境の変化スピードが早くなっていること」にも近い意味合いです。
中長期観点で必要な組織体制の検討とポジションの設定
目的が描けたら、こちらも本記事で書かれている内容の復習になりますが、戦略を実現する組織作り・配置・役割を検討します。
例えば2027年までに、労働集約型ビジネスから脱却し、AI協働や役割の明確化と分担による、自社の社員1人あたりの労働生産性を高めていく動きを考えていたとします。
◆現在(2024年):営業1名1名が顧客のもとを訪れて、自社商品を継続提案。しかし、顧客数が一定上限に達しており、現在のまま、顧客訪問を前提とした営業のやり方だと、新規顧客の開拓スピードが鈍化していくことが目に見えている。
◆理想(2027年):顧客数を2倍、売上1.5倍を目指す。そのために、営業の役割を更に細分化した組織体制を作りたい。
→インサイドセールス:「自社の製品やサービスの導入可能性のある見込み顧客」を継続接触で作り、フィールドセールスにパスをする(雇用形態:アルバイト/パート)。
→フィールドセールス:インサイドセールス等が獲得した商談に対してクロージングを行う。契約受注以外のフローを別の職務の人が担うことで、商談量を3倍にする(雇用形態:正社員)
→カスタマーサクセス:契約獲得後の顧客に対しての継続提案を行い、アップセル・クロスセル(既存契約内容からの引き上げ提案)を行っていく。顧客単価を引き上げる(雇用形態:契約社員)
上記は、Salesforceで活用されてきた営業職の生産性の引き上げ方で、最近主流になっている営業大別化の動きです。これを例に考えてみましょう(求人界隈では『新しい営業職』と呼ばれたりします)。
インサイドセールスに向いている人はどんな人でしょうか?営業というと、強いクロージングとパワフルさがある人をもしかしたら想起する人が多いかもしれませんが(これは私のアンコンシャス・バイアスが入っておりますが笑)、インサイドセールスの職務内容だとどうでしょうか?クロージングと言うより、顧客のニーズをしっかりキャッチアップできる人、純粋に心配の声を伝えることで、顧客に「話を聞いても良いな」と思わせられる人、等が向いているかもしれません。
次に、カスタマーサクセス職に向いているのはどんな人でしょうか?商品やサービスを使った後に、よりアップグレードしたプランや追加のサービスを提案するわけですから、「一回試してみませんか?」は通用しません。おそらく、論理的に、定量を用いた、商品サービスの効能の説明力が求められるでしょう。
そうなると、その上の上司の人材要件ももちろん変わって来るはずです。
まとめると、
経営目標→2027年までに、顧客数を2倍、売上を1.5倍にする。
そのために→営業組織を、プロセスで分解し、営業生産性を高めていく。
それに伴い→組織体制の検討をし、ポジションの設定をする
というふうに整理できると思います。
ポジションに対しての人材要件を熟慮する
役割、目標、責任・権限、必要知識・スキル・能力・行動などの側面から、人材要件を考えます。
どのポジションの人材を育てたいか?でここは変わってくる部分のところです。要件定義を雑にやってしまうと、計画がファジーなものになってしまいます。今いる活躍像ではなく、あくまで、中長期の経営・組織戦略の観点から考える。これを誤らないようにしましょう。
例えば下記参考に・・・
・リーダーシップ能力→部下を効果的に指導し、モチベーションを高めたり、チームを1つにまとめる力。
・戦略的思考力→経営計画に沿った目標を設定したり、分析をもとに、適切な組織戦略を策定する力。
・コミュニケーション能力→部署内外のステークホルダーとの関係構築、交渉、調整能力。
・問題解決能力→複雑な問題に直面した際に、論理的に、且つ、創造的に解決策を見出す力。
・専門知識や経験→部門の業務に関連する、豊富な知識。
・チームビルディング力→効果的なチームワークを構築し、各メンバーの能力を最大限引き出す力。
・倫理観→公正且つ、誠実か?またコンプライアンス意識。
エンゲージメントサーベイやタレントマネジメントシステムなど客観的な指標を図るものを導入するのも1つの手になります(管理職になりやすいスタンスや価値観の波形の集計を取っておくなど)。
候補者ごとに育成計画を立て実行する
候補者に、「いつまでに、どうなっていてほしいか?」と考え、計画を立てていきましょう。そして計画は、最終のゴールだけではなく、例えばフルマラソンのように、「●キロメートル地点を、●分台で走れていたら、進捗が◎」と、途中のゴールも細かく設定しておくことが大事です。
いつまでに、何が出来ていたら進捗として○なのか?それを実現するために、何を行うのか?外部研修の実施や、戦略的ジョブローテーションなども育成のための、施策の1つと言えるでしょう。
また、「タフアサインメント」という考え方があります
「タフアサインメント」とはマネジメント手法の一種で、「ストレッチアサインメント」とも言われています。本人の実力以上の仕事を”あえて”任せることで、通常の業務からは得られないような飛躍的な成長を促すという手法です。
容易に達成できないチャレンジングな目標に取り組むことで、対象者の能力開花を狙います。 先の例でいうと、カスタマーサクセス部隊を一部の部隊として試しに編成していき、そこのリーダー役割などを任せて、成長を促すなどは、タフアサインメントの1つの具体施策とも言えるでしょう。
実行している企業の実例紹介
りそな銀行、花王、TOYOTA・・・などサクセッションプランを導入している企業は様々です。こちらの3企業はよくコラムや記事でまとめられるのを目にするので、中小企業庁がまとめた『中小企業・小規模事業者の人材活用事例集』から抜粋して記載いたします。https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/koyou/hitodebusoku/guideline/jirei.pdf
株式会社砂子組様
住所:北海道空知郡奈井江町
創業:1946年
資本金:8,800万円
事業内容:建設業
従業員数:197名
ホームページ:http://www.sunagonet.co.jp/
取組概要:
・事業承継を見据え、次世代幹部を育成するための5カ年計画人財育成計画を立案。
・社外の研修を活用しながら、コミュニケーションの活性化と学習意欲の定着を実現。
・職務の分担と人材配置の見直しによる全体最適の実現に向けた取り組みも推進。
取り組み前の状況としては、毎年10名程度大卒を中心に人材採用が出来ている中で、今後のことを見据えて、次世代幹部を計画的に育成していく必要があったとのことです。「このままだと存続の危機だ!」という状況になってからではなく、“安定成長”の環境にいるからこそ、施策実行の判断をしたという素晴らしい事例です。
実行したこと:
・人材育成の目的の明確化、目指す成果と達成基準を年度ごとに設定。
・単なる制度や仕組みづくりでおわるのではなく、自発的に学ぶ風土を、社内・外部研修で設計した。
実行結果:
・集合研修で、世代の異なる従業員同士で意見交換することで、仕事への価値観の違いを知るなど、参加者それぞれに発見や学びがあった。それを契機として世代間のコミュニケーションの活性化につながっているとのこと。
・今まで現場だけを気にしていた従業員も、外部研修を受けることで現場以外での教育や学びの必要性についての意識が向上。
・施策実行者としては、研修を通じて、どこにどんなスキルをもった人材がいるかが見えるようになり、人材に関しての課題がよりはっきりと見えるようになってきている。
まさに、未来のことを考えているからこそ得られている情報だと感じます。 集めた情報をもとに、適切な職務分担の促進や人材配置や教育のあり方を再検討し、取り組みを更に進めていく予定とのことですが、とても良い事例なのではないでしょうか。
大王電機株式会社様
住所:兵庫県伊丹市
創業:1972年
資本金:7,350万円
事業内容:生産設備・検査装置の開発、計測器の校正、半導体テストエンジニアリング
従業員数:108名
ホームページ:https://www.daioh-denki.co.jp/
取組概要:
・事業拡大のために、経営理念・ビジョンと中期経営計画を策定。人財の採用・育成と中核に据えて、人事評価制度の構築や採用強化、組織体制の見直しを実施。
・計画的な人財確保や技術伝承により、労働生産性と品質の向上を実現、既存顧客からの受注増加と新規顧客の獲得につながる。
こちらの企業様も無借金体質を維持、財務的には安定的に推移していたものの、2017年、このままでは事業規模は大きくなっていかないと判断し、ビジョンの策定から考え始めたとのことです。先程の企業様と同じで、企業を成長させていくポイントというのは、「安定期にこそ、成長策を練っていく」という動き出しの速さが重要だと考えられますよね。
実行したこと:
・自社の存在意義を改めて定義し、ビジョンやスローガンを体系定期に整理。社内浸透まで進めた。
・経営ビジョン「『品質』を通じて、社会に価値を創造する」を実現するために、これまでの事業別組織に加えて、内部管理や営業力・技術力の強化を担う組織を新設(人材育成を強化)。
・中堅社員を対象とした社内研修を強化。社長自らが自社のことを語ることで、会社の理解を従業員に深めさせる。
実行結果:
・新設した事業横断の部署がリードして、スキルマップで引き継ぐべき技術を明確にし、且つ、引き継がせること自体を目標に設定し、現場任せのOJTにならないようになった。結果、技術承継が順調に進む。
・外部機関の研修により、時期管理者層の母集団形成にも繋がっている。 ・スタンスの面で「今後の事業の中核を担っていくのは自分たちである」という中堅の意識の高まりが見られるようになってきている。
最後に
いかがでしたか?今回は、サクセッションプラン・プランニングの重要性とその背景、実際の計画の組み方、実行している企業の実例紹介までさせていただきました。
皆さんは、CHRO(Chief Human Resource Officer)という役割を聞いたことはございますでしょうか?日本語で「最高人事責任者」という意味です。人事部の責任者として、人材の採用や育成、人事管理に関する業務を統括する役割を担う「人事部長」と違い、CHROは、経営陣が策定した経営戦略に沿って人事戦略を粛々と策定・遂行する存在です。
私がここで言いたいのは、このCHROという名前が重要であると言うよりも、誰かが主体で動かなければ、サクセッションプランのような中長期の人材戦略は決して動かせない、ということです。私の中では、中長期に関する人的思考は、“超”重要ではあるが、緊急ではない。そんなポジションだと思っています。 この記事を読んだ皆さんには、先の事例のように、“今だからこそ”人的アクションを実施するんだ!と思っていただけたら幸いです。
お読みいただきありがとうございました。