生成AIを社内に導入したものの、使う人は毎日のように使い、使わない人はほとんど使わない。研修を実施しても、メール作成や議事録の要約など、個人のちょっとした効率化で止まっている。そんな現状に焦りを感じている経営者や人事責任者の方も多いのではないでしょうか?
社内AI活用を組織の変化につなげるには、AIに任せる仕事と、人が担う判断・対話・改善を分け、その役割分担を会社として更新していくことが必要です。例えば、提案資料の初稿を短時間で作れるようになったら、浮いた時間を顧客との対話へ回す。上司も、資料の細かな修正に加えて、提案の目的や判断を支える役割を見直します。
この記事では、仕事の分け方、育成・評価の見直し、推進責任者の役割を整理します。東京建物、カルビー、JAF、豊田自動織機ITソリューションズ、シスメックスの社内AI活用事例も比較し、中小企業が自社で進める方法まで考えます。
社内AI活用を、個人の効率化から仕事の見直しへ広げる
まず、現在の業務でAIと人が何を担うかを整理します。私は、AI導入後の仕事を大きく3つに分けると考えやすいと思っています。以下は分類の例であり、実際にAIだけで完結させる範囲は、誤りの影響や例外条件を確認して決めます。
| 区分 | 考え方 | 例 |
|---|---|---|
| AIが完結する | 毎回人が判断する必要がない | 議事録整形、定型文、情報検索、社内FAQ |
| AIが支援し、人が判断する | AIが整理・初稿、人が目的と最終判断を持つ | 提案資料、分析、採用計画、評価コメント |
| 人が担う価値を高める | 関係性、責任、組織固有の文脈が重要 | 顧客対話、フィードバック、利害調整、経営判断 |
AIが完結できる仕事は、人の確認工程まで疑う
最初は「AIが作り、人が確認する」という運用になりやすいですが、すべての業務で永遠に人が確認する前提では、確認工数が残り続けます。
誤りの影響が小さく、精度や例外条件を確認できた業務なら、どこまで人の確認を減らせるかまで考えます。「AIにやらせる」より、「この工程に人が存在する理由は何か」を見直すことが重要です。
AIが支援する仕事では、人の価値が「作る」から「決める」へ移る
企画、提案、人事評価などはAIだけで完結させる仕事ではありません。一方で、情報整理や初稿作成はかなり支援できます。
AIで「作る時間」が短くなるほど、人には何を目的にするか、どの情報を使うか、どの案を選ぶかという判断が求められます。作業量ではなく、問いと判断の質へ仕事の重心が移ります。
人が担う仕事は、削減した時間をどこへ戻すかまで決める
AIで10時間削減しても、その時間が別の事務作業で埋まれば、組織として得られる価値は限定的です。
顧客と話す。現場へ行く。部下へフィードバックする。新しい施策を考える。何時間減らすかと同じくらい、その時間で何を増やすかを決める必要があります。
仕事が変われば、役割・育成・評価も変わる
私自身、AI前提でワークフローを整理し、会社のナレッジを一つに集めていく取り組みを考える中で、これはもはや業務効率化というより組織設計のやり直しに近いと感じています。仕事の中身が変われば、評価や昇格の要件も変わるからです。
全社員と推進者に同じ役割を求めない
全員がAIの専門家になる必要はありません。全社員はAIを使って日常業務を少し工夫する。一方、管理者や推進者は「この業務をいつまで人がやるのか」と問い、業務そのものを変えるところまで担う。この2つは育成のゴールが違います。
後ほど紹介する豊田自動織機ITソリューションズのCHAMPIONのように、推進者を「AIに詳しい人」ではなく、自社業務で使える形を検証し、周囲へ広げる人として定義したほうが役割が明確になります。
仕事を変えたら、評価・育成・昇格要件も変える
資料の初稿をAIが数分で作れるのに、以前と同じ「資料作成能力」を高い比重で評価し続ければ、会社が求める仕事と評価制度がずれていきます。
代わりに、顧客の課題を捉える、AIへ必要な前提を渡す、出力を評価する、周囲を巻き込んで実行する、といった能力の重要性が上がるかもしれません。
管理職も同じです。部下の資料を細かく直すことより、何を任せるか、どの判断を本人に渡すか、チームの仕事をどう変えるかが重要になります。
だから、AI前提で業務を大きく変える取り組みは、昇格要件が変わるレベルの組織変化になり得ます。業務だけを更新し、評価や育成を以前のまま残さないことが大切です。
社内ナレッジを一つにすることも、組織設計の一部
AIが社内規程、過去の提案、業務マニュアル、成功事例などを横断して参照できれば、社員が情報を探す方法も変わります。
これまで「詳しい人を知っている」「資料の場所を知っている」という個人の経験に依存していた知識を、会社の共通資産にできます。そのためには、何を正しい情報として残すのか、誰が更新するのか、AIが何を参照してよいのかを決める必要があります。
AIの性能を上げる前に、会社として何を知識として残すかを決める。 これも組織設計のテーマです。
この変革は誰の責任で進めるのか
業務だけでなく育成や評価にも変更が及ぶなら、次に決めたいのが「誰が責任を持つのか」です。
私は、中堅・中小企業であればCHROやCTO、分かりやすく言えば人事責任者か技術責任者など、経営に近いレイヤーが責任を持つべきだと考えています。AIで変わるのは作業時間だけではなく、仕事そのものだからです。
責任者には、業務と人の役割を変えられる権限が必要
生成AIを安全に使う環境やセキュリティを整えるのは技術側の重要な仕事です。一方、業務手順の変更には現場の合意が、育成や評価の変更には人事との調整が必要になります。責任者がどこまで変更を判断でき、どの案件を経営会議などへ上げるかを決めておきます。
メルカリはCHRO・CAIO・CTOを同一人物が担う
この考え方を明確に示しているのがメルカリです。2026年6月、木村俊也氏が執行役員CHRO兼CAIO兼CTO Japan Businessに就任しました。
メルカリは、AI-Native化にはテクノロジーとHRの融合が不可欠であり、働き方、組織構造、評価、タレントマネジメント、採用、育成まで含む「人と組織の運営基盤」を再設計する必要があると説明しています。
重要なのは肩書きを兼務すること自体ではありません。AIの進化を、人事制度や組織設計へ翻訳する責任者が明確になっていることです。2026年9月の対談でも、AIモデルの進化速度に対して人への期待値や評価制度は同じ速度では変わらないとして、技術の進化を人事制度や組織設計へ翻訳する必要性が語られています。
出典:
中小企業では、肩書きより「何を変えられる人か」で決める
CHROやCTOという役職がない会社も多いでしょう。人事責任者、情報システム責任者、経営企画、場合によっては社長自身でも構いません。
大事なのは、その人が業務の再設計、人の役割、育成、評価・昇格要件、社内ナレッジ、採用する人材像まで動かせるかです。技術責任者だけでは人事制度に届かず、人事責任者だけでは実際の業務フローへの実装が難しい場合もあります。
最終責任を持つ人を経営レイヤーで決め、人事と技術を横断して実行する。 これが現実的だと思います。
AIを使ってどう働けるかは、候補者に伝える内容にもなる
私は、この取り組みそのものが今後の採用力にも反映されていくと考えています。
これは求人票に「生成AIを導入しています」と書く話ではありません。単純作業をAIへ渡し、人が顧客との対話や企画、意思決定に時間を使えるのか。若手でもAIを使って仕事の幅を広げられるのか。新しいツールが出たときに会社として仕事の仕方を変えられるのか。そうした働き方を具体的に伝えられれば、候補者が自分に合う会社かを判断する材料になります。
豊田自動織機ITソリューションズは、全社員が最先端の生成AIを使える環境が知られることは、就活生へのアピールにもなると公式事例で述べています。メルカリも採用サイトで、AIを前提に組織や評価、採用、育成まで再設計していく方針を候補者へ発信しています。
この2社では、AIを使える環境や組織づくりの方針を候補者に伝えています。ただし、ここで紹介した情報から応募数や採用率への効果までは判断できません。
Tsumuguが支援したいのは、AIの使い方よりその先
生成AIの研修を実施すること自体は、社内活用の入り口として有効です。ただ、AIを使える人が増えた後に仕事の流れが変わらなければ、会社全体の変化にはつながりません。
社内AI活用事例5選|仕事と組織を変える取り組み
ここからは、実際の企業が現場の仕事や推進体制をどう変えたかを見ていきます。5社の公開事例で確認できる取り組みを比較します。評価・昇格要件の変更までを、すべての企業が公表しているわけではありません。
| 企業 | AIに任せた仕事 | 人・組織側で変えたこと | 定着の仕組み |
|---|---|---|---|
| 東京建物 | 情報検索、資料作成、議事メモなど | 現場社員が自分の業務に合うAIエージェントを作る | 市民開発を前提に全社展開 |
| カルビー | 問い合わせ対応、工場での翻訳など | 推進側が現場へ入り、業務ごとの使い方を探す | 全国で50回以上のワークショップ |
| JAF | 情報検索、文章・資料作成、依頼事項の整理など | 実務を題材にAIを使う職員を育成 | 講習、事例共有会、DXアワード |
| 豊田自動織機ITソリューションズ | 文書作成、検索、AIエージェントなど | 各部署のCHAMPIONが先に検証 | 12名でPoV後、約450人へ一斉展開 |
| シスメックス | 社内文書検索、日報分析、科目判定など | 社員自身が現場課題に合わせてAIエージェントを作る | 社内Chat→RAG→AIエージェントへ拡張 |
東京建物|中央で作り込みすぎず、社員がAIエージェントをつくる
東京建物は2025年にMicrosoft 365 Copilotの全社配備を完了し、市民開発を軸にAIエージェントの業務実装を進めました。Microsoftの公開事例によると、1年弱で現場部門から約500体のAIエージェントが生まれ、月間アクティブ率は平均約80%、業務効率化を実感した社員は70%を超えています。
注目したいのは、AI推進部門が全社員分の使い方を作って配ったわけではないことです。安全に使える共通環境を整えたうえで、現場の社員が自分たちの仕事に合わせて改善を作れる余地を残しています。
出典:Microsoft Customer Stories|東京建物
カルビー|ツール公開後に50回以上現場へ入り、使い方を業務側からつくる
カルビーは全社共通の生成AI基盤「CAL-GPT」を構築し、2024年6月に汎用チャット機能などを全従業員へ公開しました。人事総務部門の問い合わせ対応や、工場で働く外国人就労者への翻訳など、実際の業務でも使われています。
一方、公開当初は「自分の業務でどう使えばよいか分からない」という声もありました。そこで担当者はマニュアルを配って終わらせず、全国の事業所へ足を運び、50回以上のワークショップを実施しています。AIが使われない理由を社員のリテラシー不足だけにせず、現場の仕事との接続を見直した点が参考になります。
JAF|研修・実践・事例共有を循環させる
JAFは生成AIを安全に利用できる「JAF AI Chat」を整備した後、Microsoft 365 Copilotの活用を進めています。実務を題材にした「パイロット養成講習」と、利用後の事例共有まで一体で設計しているのが特徴です。
2026年2月の受講者調査では、業務時間削減は月平均11.8時間。2時間以上の削減効果を得た職員は95.5%、満足度も90%を超えました。現場から生まれたユースケースは事例共有会や「DXアワード Copilot部門」を通じて展開されています。学ぶ→仕事で試す→共有する→別の人が試すという循環ができています。
出典:Microsoft Customer Stories|JAF
豊田自動織機ITソリューションズ|12名のCHAMPIONで検証し、全社員へ広げる
豊田自動織機ITソリューションズでは、Gemini Enterpriseの全社展開前に、各部署から12名の「CHAMPION」を選び、PoV(価値実証)を行いました。活用方法と運用上の注意点を検証し、その3か月後に500ライセンスを契約。約450人の全社員へ一斉展開しています。
CHAMPIONはその後も推進チームとしてワークショップやハンズオンを行い、自分たちが作ったAIエージェントの共有も担っています。中小企業で同じ人数を置く必要はありませんが、少人数の推進者が先に自社業務で試し、現場へ翻訳するという役割設計は取り入れやすい考え方です。
同社社長は、全社員が最先端の生成AIを利用できる環境が知られることは、就職活動を始める学生へのアピールにもなると述べています。AI活用を生産性だけでなく、人材確保まで含む経営投資として捉えている点も重要です。
出典:Google Cloud公式ブログ|豊田自動織機ITソリューションズ
シスメックス|安全な共通基盤から、AI前提の業務プロセスへ広げる
シスメックスは2023年7月、安全に利用できる社内版ChatGPTを全社導入しました。同年9月には社内文書を対象にRAGのPoCを開始し、2024年3月にはRAG機能を全社導入。従業員自身が現場の課題に合わせてAIエージェントを開発できる環境へ広げています。
公開事例では、営業日報と顧客の声から企画・提案のヒントを得るエージェントや、固定資産の科目判定を自動化するエージェントなどが紹介されています。現在は「AIを前提とした業務プロセスの構築と運用」も推進の柱にしています。社員の役割をAIの利用者から業務改善の設計者へ広げている事例といえます。
出典:電通総研|シスメックス
中小企業が、組織としてAI活用を進めるには
大企業と同じAI基盤やライセンス数を真似する必要はありません。中小企業でも、仕事を見直す順番と役割分担は取り入れられます。
誰でも安全に試せる共通環境をつくる
最初から全社員へ高度な使い方を教えるより、「この環境なら業務で試してよい」と言える場所をつくることが先です。東京建物、カルビー、JAF、シスメックスはいずれも、安全に使える共通環境を用意したうえで活用範囲を広げています。
社員に「AIを使ってください」と伝えても、入力してよい情報や利用できるサービスが分からなければ業務では試しにくくなります。ルールと実際に使える場所をセットで用意します。
「どのAIを入れるか」より「どの仕事を変えたいか」を決める
同じ資料を毎回一から作っている、社内情報を探すのに時間がかかる、特定の社員しか分からない仕事がある、顧客対応より社内作業に時間を取られている。まずはこうした具体的な業務を出します。
カルビーの現場訪問やJAFの実務型講習から学べるのは、社員の実際の業務に使い方を結びつけることです。挙がった業務を冒頭の3分類で整理し、必要な機能を満たすツールを選びます。
AI導入の具体的な進め方は、中小企業のAI導入は現場から始める|失敗しない進め方と6つのステップでも詳しく整理しています。
対象業務の担当者と推進者で、試す範囲と期限を決める
対象業務を一つ選んだら、経営責任者が変更を承認する範囲を決め、実務担当者と推進者で検証します。全社員からは日常の困りごとを集め、推進者が現在の工程とAIを使う工程を並べます。
例えば定例報告なら、情報の収集、集計、文章化、上司の確認を分け、どこをAIに任せるかを決めます。試す期限、必要な品質、例外時に戻す担当者も先に決めておくと、試用後に継続・変更・中止を判断できます。兼務で進める場合も、検証に使う時間を通常業務の中に確保します。
検証結果を同じ項目で記録し、他部署で試せるか確認する
検証した業務は、次の項目で一枚にまとめます。
- 以前の担当者・作業工程と、困っていたこと
- AIへ渡した情報と、利用したプロンプト
- 人が判断する工程と、例外時の対応
- 導入前後の所要時間、手直しの量、誤りの有無
- 他部署で再現するために必要なデータ・権限・条件
例えば報告書の作成時間が減っても、上司の確認時間が増えていれば、その分も記録します。推進者は記録を他部署の担当者と確認し、条件が合う業務で次の検証を行います。
まとめ|AI活用を、仕事を変え続ける仕組みにする
個人の作業が速くなった後は、チームの業務フローと、人に求める役割を見直します。5社の事例は、安全な環境づくり、現場との接続、推進者による検証、事例共有など、そのために取り入れられる施策を示しています。
AI×組織開発で目指したいのは、全社員がAIの専門家になることではありません。全員が日常業務でAIを使い、必要な人が「この仕事を人が続ける必要はあるのか」と問い直し、会社として仕事を変え続けられる状態です。
仕事・人・技術をまたいで変更を判断できる経営責任者を置き、現場と一緒に実装する。私は、この体制が業務と組織の両方を見直すうえで必要だと考えています。
中堅・中小企業にとって、AI前提で仕事を早く作り直せることは、大企業とは違う強みになり得ます。そして、その働き方自体が今後は人材を惹きつける要素にもなっていくと考えています。






















